親から100円・・・ 大阪府 はなはな様

親から100円のおこづかいをもらって、、駄菓子屋さんに行ったコトを思い出します!!!たくさん欲しかったんで10円のモノや20円のモノを買って色んな味を楽しみました!!!うまい棒はとても人気があり色んな種類を食べましたッ!!!麦チョコを懐かしいです!!!たまに…食べたくなると駄菓子を買っちゃいます!!!!私にとって駄菓子は小さい頃の思い出の味☆です!!!

小学生の頃・・・ 京都府 漣2244様

小学生の頃、友達が通っていたそろばん塾の近くに、駄菓子屋さんがあって、皆がそろばん塾の時間前になると、その駄菓子屋さんでお菓子を買って時間をつぶしていました。私は、オレンジのガムが4個くらい入った箱のお菓子が好きだったな~。男の子はうまい棒が好きだった。かれこれ、もう30年。その後の人生でまた駄菓子屋さんへ行くこともないと思っていましたが、幼稚園に通いだした息子達が小学生のお友達の影響で、駄菓子屋へ行こう!と毎日いいます。今でも、駄菓子屋さんは子ども達の宝箱なんですよね。お菓子を一頻り選んだあとはカードも買えて、ほんとに楽しそうです。

駄菓子の・・・ 京都府 のんち様

駄菓子の思い出といえば、おばあちゃんの家に遊びに行ったときお小遣いを100円貰って、よく近所の駄菓子屋さんにおやつを買いにいったことです。妹と二人でよく買いに行きました。いつも100円をどのように使おうかよく悩んでいました。好きな駄菓子を一つ、当たりつきの10円ガム、うまい棒2種類、ミルクパン一つ、キャベツ太郎一つ・・・など、色々な種類を選んで、いかに食べるのを楽しめるかを考えていました。駄菓子屋さんのおばあちゃんは本当にやさしくて、今でもよく覚えています。もう亡くなってしまい、それと同時に駄菓子屋さんも閉店してしまったのがとても残念です、

小さい頃・・・ 大阪府 けろたんさん様

小さい頃、よくそろばん塾の行きしなに、友達と近所にあった「なんかつ」」って駄菓子屋さんに立ち寄っていました。そのお店のおばちゃんが大好きでした。暑い夏などは蒟蒻ゼリーを冷やして売ってくれていたり、かわいい文房具もお菓子と一緒に売っていました。今でもそこで買った50円のブルーナちゃんの橙色のペンケース大切に使っています。

私の子供の・・・ 兵庫県 まあちゃん様

私の子供の頃は通っていた小学校の前におばあちゃんが一人でやっている駄菓子屋さんがありました。でも、学校帰りに買うことはできずいったん家に帰ってからまた通学路を通って毎日のように友達とかいにいったものです。いまではそのおばあちゃんと一緒にお店もなくなり近くにはおおきなショッピングセンターができて、その中に駄菓子屋さんがありますが、店員さんの顔を見るたびにあのおばあちゃんのやさしい笑顔を思い出します。

幼稚園のころ・・・ 大阪府 あかりん様

幼稚園のころ、帰りにいつも通る駄菓子屋で、「今日は100円までね」と母に言われて、何分も選んでいた覚えがあります。いま、スーパーへいっても100円のグミなどよくうっています。それを買ってる子どもをみて、「駄菓子屋に言ったらもっと安くかえるのになあ」とかいろいろおもう今日この頃です。。

私の思い出は・・・ 兵庫県 さっちゃん様

私の思い出は、小さい頃はお金もなく、駄菓子なんて滅多に買えませんでした。近所に一人っ子の男の子が居て、お小遣いを沢山貰っているその子に付いて行き、『アレが美味しいよ!』なんてアドバイスしたりして駄菓子屋に居ました。『あのferixガム、よく当たるよ』と教えてあげると、男の子は大量のガムを買い始めました。そのガムを食べると言うより当たる事に必死になり、いらないガムは周りで見ている買えない子に回ってきました。それが嬉しくて毎回毎回付いて行きました。ferixガムは今でもよく見かけるので見つける度に懐かしく思い出します。今の子は10円のガムなんて自分で簡単に買えるし、親も当たり前の様に買ってあげるし…。でもきっと誰にでも駄菓子の思い出って何かしら大人になっても残りますよね。我が子はどんな思い出になるのか、将来聞いてみたいものですね!今でも駄菓子大好き?です!

小さいころ・・・ 兵庫県 mimipo様

小さいころ駄菓子を買うのにこずかい100円を親にもらってその中から一生懸命計算しながら楽しく駄菓子を選んでいたのを覚えています。当時友達とかなりいっていた駄菓子屋さんは最近つぶれてしまいなくなってしまいました 駄菓子屋さんがなくなっていっているのでインターネットで駄菓子堂をみつけたときはわくわくしました

小さい頃・・・ 大阪府 ぷーさん様

小さい頃近くに駄菓子屋さんがあり、いつも学校から帰ったら50円を握り締めていっていました。黒棒が好きでくじで大きいのが当たったときはうれしくて、ちびちび食べていた思い出があります。おばちゃんは恐かったのですが、厳しいながら子供たちにしつけをしていたのかもしれません。懐かしい思い出です。