小学生の頃までは駄菓子店が少ないながらも・・・ 神奈川県 しぃ様

小学生の頃までは駄菓子店が少ないながらも存在していましたが、
最近はデパートやテーマパークなどでしか見かけなくなり、残念。
近所にあった店は今は一軒もありません。
単価が低いからこそ、計算しながら買う楽しさがあったのですが・・。

ちっちゃい頃は・・・ 福島県 まるこ様

ちっちゃい頃は近所に駄菓子屋があって
近所の友達と毎日のように通っていたものです。
はずれの麩菓子カステラが大好きだったなー(笑)
100円あれば1日遊べた気がするんですけど...
親友と必ず飲んでいたジュースがあるんですけど
(私がエメラルド色ので親友がクリームソーダみたいなやつ)懐かしいです。
駄菓子屋の休憩所みたいなところに1日中友達と集まっていましたよ!
いい思い出です。今は2歳の息子がいて、それを口実に駄菓子を買いにいきます(笑)

遠足のおやつの買い物・・・ 北海道 puppy様

遠足のおやつの買い物。最終的にどうしても半端な金額が残っちゃうの。。。
そんな時は駄菓子屋さんへGO!
10円20円、時に5円の商品もあって得した気分になったものです。
今では5才になる息子がスーパーにある駄菓子コーナーがお気に入りの様子
。私が昔食べたのもまだ売ってたりして、楽しい気分になりますね。

小学生の頃はたくさん駄菓子の店・・・ 岩手県 よっしー様

小学生の頃はたくさん駄菓子の店があり
よく学校帰りや釣りに行くときに買っていました。
その店にはめんこやベーゴマ、指でこすると煙が出るものなど
いろいろなものもあったのを今でも思い出します。
最近はあんまりそういう店が少なくなり
おばちゃんと話すこともなくなったのが少し残念です。
今の子供はそういう店って行くことがあるのかなーと思ったりもします。
ちなみに僕は赤くなってる桜大根が好きでした。

スナック菓子全盛の時代・・・ 青森県 チーム「メタボ」様

スナック菓子全盛の時代に育った私にとっての
「駄菓子の思い出」は祖父母の思い出です。
祖父母の家にはいつもおもちゃ箱のような駄菓子がたくさんありました。
名前は忘れましたが、小さなカップにはいったものや
かわいいチューブにはいったものなどいろとりどりの駄菓子がありました。
スナック菓子には眉をひそめる母も駄菓子には寛大だったのも
今思うと自分の子供のころを懐かしんでいたからなのかもしれません。
時を越え昔の母の年齢になった私も、子供たちにたまに駄菓子を
すすめるのもきっと昔の母と同じ気持ちからくるのかもしれません。

私の年代の田舎では・・・ 秋田県 イティー様

私の年代の田舎では明確な駄菓子屋というのは無く、
酒屋が駄菓子を売っているという規模の小さいものでした。
そんな小さい規模でも甘納豆のくじを始め
色んな駄菓子に夢中になったものです。
正直いくらで購入していなのかほとんど覚えていないのですが、
よくテレビでみる様な安さではなく結構真剣に
一個だけ選んでいた様な思い出があります。
いずれにせよ、かけがいのない経験というものまで
経験させてくれたそんな駄菓子の思い出がほんのり残っております。

幼い頃私の住む田舎・・・ 和歌山県 紅いバラ様

幼い頃私の住む田舎に一軒有った駄菓子屋さんでは
全てバラ売りだった毎日通っているのに
いつも小母さんがイライラするほど考えて
イチゴ飴を1個ハッカ飴を1個と告げるやっと決まって
最後にはずせないのが当時雀の卵と言われていた豆菓子です。

今おしゃれな駄菓子屋が増えて店内は大人の数の方が多い
もちろん素通りはできませんあれもこれも懐かしさがいっぱい
目が輝いていると夫は言うが
店内に足を踏み入れると一瞬にして遠いあの日に帰ります。

幼稚園から小学校まで・・・ 宮城県 かりん様

幼稚園から小学校までよーく駄菓子屋さん通いしてましたが
大人になるにつれとんと縁がなかったのですが
結婚して子供が生まれて子供が小学生に上がる前あたりから
また一緒になって駄菓子屋さん通いしていて親子2代で楽しんでいます。

今住んでいる所は田舎・・・ 新潟県 タキオソーラン様

今住んでいる所は田舎ですが駄菓子屋さんって皆無です。
子供の頃昭和30~40年代ですから
駄菓子屋さんの黄金期でしょうか・・よく通いましたね~。

店主のじいちゃんが味のあるじいちゃんで、でっかい飴玉が一個5円とか、
その当時私が大好きだった「うずら玉」っていうのがあって
中にピーナツの入ったコロコロしたしょうゆ味の菓子!
細かい海苔が張り付いていました。

10個で2円とか・・10円玉を握り締めて、
弟の手を引いて通った頃の思い出は忘れられないあったかさがあります。

・・ちなみにかわいかった弟もすっかりおっさんになってしまった・・つまり私も・・。

少年時代・・・ 宮城県 ナンバーエイト様

少年時代のぼくは母親泣かせの偏食児童であった。
ご飯はろくに食べず、貯めたおこづかいをほぼ全てつぎこむほど毎日、
近所の駄菓子屋に通い、「うまい棒」「どんどん焼き」「キャベツさん太郎」・・・など、
本当に数え切れないほどの駄菓子で、食欲を満たしていた。

食育の観点から見れば、決してよいもではないのかもしれないが、
駄菓子には子どもを虜にするそういう魅力があるのは、
いつの時代になっても変わらないと思うし、変わって欲しくない。
親に怒られてまでも、食べたくなるのが駄菓子であろうと思う。
何よりも子どものお小遣いで、たくさん買える廉価な価格に
「選ぶ」楽しみも、駄菓子の魅力であると感じる。

月日は流れ、ぼくも3歳の娘を持つ親と言われる人種になってしまった。
血は争えず、我が豚児も駄菓子が(特にうまい棒のチーズ味
奇しくもぼくの少年時代と全く同じ好みであるが)大好きである。
父親の立場からすれば、やはりご飯が食べられなくなるから、
駄菓子はほどほどにして欲しいとジレンマを抱えつつも、
母親に内緒と娘と密約を交わし、そろってうまい棒をほおばる瞬間が、
何とも言えない至福の瞬間なのである。

娘も自身が親になった時、その子どもにどのような対応をするのだろうか?
とぼんやりとした思いを馳せながら。

小学生の時、習い事をしていて・・・ 宮城県 あかんこ様

小学生の時、習い事をしていて、終わった後に駄菓子屋さんに行くのが楽しみでした。よく、見えを張って千円札を出して買ったりしてました。今ではおもちゃ屋さんに駄菓子を売ってるのを発見して、2才の娘と楽しく選んでいます。